daniel-yangのブログ

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ベビーシッターをめぐる鈴木宗男vs乙武の論争は、論争になっていない

ベビーシッターをめぐる鈴木宗男vs乙武の論争は、日本社会の映し鏡

↑この記事は、話題のベビーシッターをめぐる鈴木宗男vs乙武の論争(のようなもの)をよく詳しく解説しています。図にすると、こんな感じでしょうか。

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ところが、どうやら、僕には違うように感じられるのです。

 

もし、この通りの対立関係であったなら、

乙武氏の指摘に対し、宗男氏は、

「いや、自己責任を追及する方が、問題の解決に有効だ。」

と反論すると思われます。

ところが、宗男氏の反応は、

3月23日(日)ムネオ日記から引用すると、

「無責任は母親の愚行」とは思っていません。それよりも、「母親としての心を持っていたのか」と言いたいのです。

 いずれにしろ、自己責任であることを繰り返しているだけのように思えます。

その後も、自分の地元に被害者の母親と同じような立場の人が多いこと、彼女らの話しをよく聞いている事などを強調し、自分がいかに弱者の立場に立っているかを主張しています。

どうやら、宗男氏は違う意見を提示されたとは認識せずに、自分の立場を攻撃されたと感じ、反撃しているように思えるのです。

 

当初、僕は、これはディベートの手法で、相手の主張にそのまま反論せず、自分の主張に近い所で争っているように装い、有利に進めようとしているのかと思いました。

問題の解決とは別に、とりあえず指摘された事に言い返す必要が生じた、と政治家の立場から判断し、ディベートで勝つためかと思いました。

 

しかしながら、その後の日記

3月26日(水)ムネオ日記

でも、「自己責任を追及せずに、社会状況の改善を進めるべきでは?」との意見を全く省みず、自分の主張=「何故自己責任の追及をしないのか?」と一方的に投げかけています。

 

この話し方から推測すると、宗男氏にとって、

・ 先ず自己責任の追及

・ 別途社会状況の改善

と言う主張は、

議論の余地がある、自分の主張

ではなく、

議論の余地が無い、世間の常識

と認識されているようだ。

と、考えを改めました。

 

図にすると、こんな感じです。

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宗男氏が

世間の人が常識として

ベビーシッター問題を、

「自己責任の追及」

「社会状況の改善」

それぞれ追及べし。

と、認識しているならば、

 

乙武氏が、別の意見

「自己責任の追及よりも、社会状況の改善を先ず先行するべし」

を、宗男氏一人に投げかけることは、

 

「社会常識に反する意見を、何故か俺一人に投げかけられている。」

と、理不尽に感じるのも当然。

と、理解できます。

 

ですから、宗男氏の反論は、

「自分の立場は、世間の主流派である。」

と言う内容になるわけです。

 

そして、宗男氏に賛同する人もまた、宗男氏の認識と同様に、

「俺も、常識の中のひとり」

として、

「なんか、乙武さんが、文句言っているみたいだけれど。」

と言う感じで、反論のような事を言っているような感じがします。

図にするとこんな感じ(仮に、宗男氏に同調する人を宗男氏派とします。)

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実際に、世間がこの通りでしたら、乙武氏は変わった人で、非常識な意見を、宗男氏にターゲットを絞ってぶつけてくる困った人なのですが、

実際には、この議論に参加せずに問題の解決が活発に論じられています。

同じBLOGOSで取り上げられている記事から、いくつか。

ベビーシッター事件、ショートステイの公的施設を探しました。 (1/2)

行政は第一優先で利用者のためにSEO対策とスマホ化を行うべき/横浜ベビーシッター事件より

【ベビーシッター事件】問題解決のために、僕はインターネットにも公的資金を投入してほしい

厚労省がベビーシッター利用時の留意点を発表 改めて知っておきたいベビーシッターについての基本情報

いずれも、主に公的機関の活用を進めるために知恵を絞っているものであり、

自己責任の追及が必要だとした意見は無いようです。

図にすると、こんな感じでしょうか。

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また、宗男氏派の意見と、その他の意見を、

自己責任型 vs 財政出動

と考える人もいるようですが、

実際に、知恵を絞っている方々の発言は、

必ずしも財政出動に頼るものばかりではありません。

現時点で直ぐに出来る事に的を絞って提案されているようです。

 

こうなってくると、昨日のムネオ日記でも自己責任の追及をしている宗男派が、問題の解決には興味が無いのは?と疑いたくなります。

 

 

ひとまず現時点では、宗男氏の発言は論争の一方とは見なさなくても良さそうですね。

 

ーーーーーー

 

最後に、僕の意見ですが、大変申し訳ないですが、良い知恵がございません。

 

本エントリーは、何らかの問題が発生した場合のケーススタディーとして良い例となると思い、宗男氏の発言を吟味しました。

問題解決の邪魔をする典型として、自分の意見を一つの意見として認識せずに、常識だと考え、他の人の意見を聞かず、攻撃的になる人が迷惑になっている状態でした。

 

この様な人は、往々にして火事場で

「俺が、常日頃から、火の始末はちゃんとしろと言っているだろう。」

と説教を始めてしまう人です。

たしかに、火の始末はちゃんとしなくてはイケマセン。けっして、この人は間違ったことは言ってません。しかし、火事現場では、先ずは火を消すことが大切で、説教をして自分だけでなく周囲の人が消火するのまで妨げて仕舞うことはイケナイことです。

今回の事件で自己責任を論ずるのは、火事場で説教を始める類の迷惑行為だ、と僕は感じています。

 

一般的に、なにか問題が起こったときには、

過去に向かって「誰が悪かったんだ。」「なんで、こうなったんだ。」と考える人が多く、僕もつい過去方向で考えてしまうことがありますが、ちょっと頭を冷やして、方向を未来に向け、

「とりあえず、何をするべきか。」

と思考をめぐらせると、ものごとは良い方向に進む事が多いです。

原因の追及や再発の防止は、問題が解決に向かって、軌道に乗った後でも出来ることです。

 

冷静に考えれば、責任の追及は後回し、先ずは問題の解決だと思うんですが、どんな問題が起きても、必ず責任の追及から始めたい人がわき出てくることを考えると「もしかして、遺伝的にそう仕組まれているのでは無いか? そのように無駄に時間を費やし、消耗することが、進化的に有利な何かがあるのか?」とも疑ってしまうのですが、

今回の件は、無事問題の解決を真剣に考えて、提案されているかたが沢山いらっしゃるので、一安心して、このエントリーをアップロードすることにします。

 

それでは、皆様良い週末を(^^)/~~~