本日は韓非子を訳してみようと思います。
テキストは、
を用います。
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と言うことです。気前がよいですな。
内儲説[下]
で解説される六微の説三です。
說三
齊中大夫有夷射者,御飲於王,醉甚而出,倚於郎門,門者刖跪請曰:「足下無意賜之餘瀝乎?」夷射曰:「叱去!刑餘之人,何事乃敢乞飲長者?」刖跪走退,及夷射去,刖跪因捐水郎門霤下,類溺者之狀。明日,王出而訶之曰:「誰溺於是?」刖跪對曰:「臣不見也。雖然,昨日中大夫夷射立於此。」王因誅夷射而殺之。
先ず読み下し。(漢文の素養のないワタクシが読み下して良いのか?と疑問が沸きますが(^_^;)
説三
斉の中大夫に夷射なる者、有り。
王に御飲す。
甚だ酔って出る。
郎門に寄る。
門者刖跪請うて曰く
「足下に余瀝を賜う意無きか?」
「足下に余瀝を賜う意無きか?」
夷射曰く
「叱、去れ!。刑余の人,何事か。すなわちあえて飲を長者に乞う」
刖跪走り退く。
夷射去るに及びて、刖跪よりて水を郎門の霤下にすてる。
いばりせる者の状に類す。
明日,王出でてこれを訶して曰く
「誰がここにいばりせる?」
刖跪こたえて曰く
「臣見ざるなり。しかれども、昨日中大夫夷射ここに立てり。」
王より夷射を誅してこれを殺す。
次に現代語訳
第3「君主の思いと部下の思いは一致しない。君主は、部下を正しく評価したい。だが、部下は必ずしも正しく評価されたいとは願っていない。成果はどうあれ、自分が高く評価されたいと考える者もいる。明確に「ズルをして」と考える以前に、なんとなく「自分はもっと高く評価されてしかるべし。」と考える者だ。そのようによこしまな部下は第2で述べたように、外圧を利用することがある。それに類似したことをもう一つ示す。」
古代中国、春秋戦国時代の斉国のお話し。夷射(いえき)と言う者がいた。夷射は、斉国の貴族。国家公務員であった。役職は「中大夫」日本で言えば「従四位の下」五位から殿上人なので、それなりに高級官僚である。現代日本の国家公務員で言えば、次長クラス。民間会社の次長はそこいら中にいるが、国家公務員の次長は、次に出世すれば局長クラスである。
ある時、夷射氏は王の酒宴に呼ばれた。泥酔一歩寸前まで飲まされ、お開きとなった。帰路、王宮の門に寄りかかって一休みした。
門には守衛所がある。夷射が寄りかかった門には一人の守衛がいた。この晩の守衛は、かつて足切りの刑に処され、後に木っ端役人に取り立てられた者だった。日本でも検非違使の下っ端には「放免」と呼ばれる懲役が終わった者を選んで採用する役職があったが、それに類するものであろう。
酔った夷射氏を見付けた守衛は、酔った夷射を羨ましく思い、酔っていることを良いことにお願いしてみることにした。
「余ったお酒があれば、私におめぐみしてもらえないでしょうか。」
と。
夷射は、酔って気持ちが悪いところに、下っ端役人。しかも前科者に軽々しく声を掛けられて気分が余計に悪くなった。
「しっ、し。あっちへ行け。前科者が貴族に向かって酒をねだるとはなにごとか。」
と、まるで飼い犬か、家畜に向かって言うように侮辱混じりで却けた。
と、まるで飼い犬か、家畜に向かって言うように侮辱混じりで却けた。
守衛は恐縮して急いでそばを離れた。
しばらくすると夷射氏は再び歩き出して家路に着いた。
夷射氏が見えなくなったのを確認した守衛は、おもむろにバケツに水を入れ、ひしゃくで門の回りにまいた。ちょうど立ち小便をした跡に見えるように。
翌朝、王がこれを見付けた。
「誰だ、ここで小便をしたものは。」
王は守衛に問いただした。
守衛が答えた。
「わたくしは、だれかが小便をしたのを見ておりません。ですが、昨晩夷射中大夫殿がここに立っていました。」
王は、夷射氏を罰した。なんと死罪である。
ポイント;これは、王のためのテキストです。古代の王が判断を誤った例を示し、現代の王に対して「こんなトリックに引っかかって、誤った処罰をしてはいけませんよ。」と諭すものです。
ここから得る教訓は、主に二つ。
・ 部下が上げる情報は、必ずしも正しい情報とは限らない。部下にとって都合の良い情報を選んで上げ、上司を利用しようとする事がある。
・ 守衛は嘘を述べたわけではない。「夷射氏が小便をした。」と言ったならば、嘘である。が、守衛は「見ていません。」と述べたのである。
王が聴けば必ず夷射が立ち小便をしたと判断する事を承知して、守衛は「見ていません。」と述べている。つまり、守衛は嘘を言わず、トリックを用いたのだ。
「夷射が立ち小便をした」とあからさまな告げ口を聞かされれば、王は守衛の讒言かもしれない、と疑う機会を得たであろう。しかしながら、王は断片的な情報から「では、夷射が立ち小便をしたに違いない。」と、自分で判断を下した気分になる。これが、守衛が用いたトリックであり、讒言を成功させたポイントだ。
王が聴けば必ず夷射が立ち小便をしたと判断する事を承知して、守衛は「見ていません。」と述べている。つまり、守衛は嘘を言わず、トリックを用いたのだ。
「夷射が立ち小便をした」とあからさまな告げ口を聞かされれば、王は守衛の讒言かもしれない、と疑う機会を得たであろう。しかしながら、王は断片的な情報から「では、夷射が立ち小便をしたに違いない。」と、自分で判断を下した気分になる。これが、守衛が用いたトリックであり、讒言を成功させたポイントだ。
もういちどまとめます。
・ 部下が必ず正直に働いていると考えてはいけない。会社で言えば全員が「全体最適」を考えて働いていると考えてはいけない。
・ 部下が自分をコントロールしようと企んだ場合、あたかも自分が判断したように印象づけるトリックを用いるケースがある。
「いや、私は知りませんが、」
「僕の口からは言えません。」
と部下が明らかに「×○部長だな。」と自分が判断すると知っていながらうそぶく場合、それは自分をコントロールしようとの企みだ、と気が付かなければならない。
韓非子は、部下が不誠実に振る舞う例を多く挙げています。
念のために申し上げます。
韓非子は「このようにして、王をだませ。」という不誠実な部下向けの手引き書ではありません。
人の上に立つ者の予防の手助けとして、あらかじめ不誠実な部下のタイプを熟知させ、部下が不当な利益を上げて、組織に損をさせるケースを教えています。