daniel-yangのブログ

メインブログ「受動態」(読書感想文ブログ)とは異なる内容を気まぐれで記します。

サリン合成は簡単か?

2013年9月16日のシリアに対する国連調査報告書では化学兵器サリン」使用を断定ということです。化学屋の僕としては、「サリンって何?」と気になったので調べてみました。

 

検索したところ、
YAHOO知恵袋
で、質問
に応じて、
サリン合成経路が回答されていました。
オウム真理教裁判での検察側冒頭陳述で述べられた内容だそうです。

 

五段階反応の化学反応式が記述されています。
「なるほど、これなら合成できるだろうな。」
と思われます。

 

ところで、
最終的には、IPA(※)と混ぜて使われるそうです。
IPAは、比較的身近にあるアルコールの類です。
耳慣れた薬品を最終的に用いることからか、
「合成しないでね。」
と、反応式が解り、材料が入手できれば、あたかも容易に合成が出来るように表現している人がいました。
(※)IPAイソプロピルアルコールの略。IUPAC名は、2-プロパノール。飲用されるアルコール(エタノール)より炭素が一個多いアルコール。飲用不可。よって酒税が掛かりません。(実験や工業用途でもエタノールを買うと、酒税が掛かります。)ですので、
「本当は、溶媒としてエタノールを使いたいのだけれど」
と言う用途に代用して用いられる、安価な有機溶媒です。
が、面倒なのはもう一方のメチルホスホン酸ジフルオリド(CH3POF2)です。

 

たぶん高圧ボンベでの反応を含む4段階反応が必要です。
4段階反応と一言で言いますが、段階反応と言うのは、一段階の合成反応をするたびに、溶媒から目的の物質を取り出す精製が必要です。
たぶん、合成反応以上に、各反応段階での精製が難しいです。
例えば、最初の反応について、
三塩化リンとメタノールの反応で、亜リン酸トリメチルができます。
3MeOH + PCl3 → P(OMe)3 + 3HCl
と簡単に書いています。
が、これを具体的に考えると、おそらく、次のような作業になると思います。
  1. 液体のメタノールに水分が混ざらないように注意しながら、固体の三塩化リンを適量解かします。
  2. 圧力に耐える密閉容器に入れて、密閉します。
  3. 適当な熱を加えながら、適切に攪拌を続けます。
  4. 適当な時間が経過した後、ボンベの蓋を開けます。
  5. この時、高圧気体の塩化水素を適切に排気する必要があります。
    この第一段階の反応の目的物質P(OMe)3亜リン酸トリメチルは液体です。合成が完了した時点でMeOH(メタノール)に解けた状態です。
  6. P(OMe)3の沸点は111℃。MeOHの沸点は65℃この沸点の差を利用して、分留します。
  7. 分留が完了したら、これを次の反応の材料として用いることが出来ます。
言葉にすることは簡単です。
が、しかし。
実際に合成反応を試みる時には、次の点を明らかにするための予備実験が必要です。
  • メタノールと、三塩化リンはどの程度の量を用意すれば良いのか。
    ちょうど全部が化学反応する量を用意すれば良いのか。または、どちらかを多めに用意するべきなのか。
  • 溶媒としても用いるメタノールは、どの程度水分が混ざらないように注意すれば良いのか。
  • 反応時にどの程度の圧力が掛かるのか。
  • 適切な加熱とは、何度なのか。
  • 攪拌はどの程度必要なのか。
  • 反応時間はどの程度確保すれば良いのか。
  • 開封時の気体塩化水素はどのように排気するのが良いのか。
  • メタノールと亜リン酸トリメチルを分留する際に、亜リン酸トリメチルが分解しない圧力、温度条件はいかなるものか。
  • 分離したメタノールにも亜リン酸トリメチルが溶けているが、これはどう処理すれば良いのか。
  • どの程度メタノールを除去すれば、次の反応の材料として使えるのか。
四段階反応の最初の合成反応でも、これだけ、予備実験をして、適切な条件を見つけ出し、適切な設備を整え、必要な条件に見合った材料を選ぶ必要があります。

 

また、もしかしたら上記の手法ではうまく行かないかも知れません。例えば、分離方法として分留を考えてみましたが、あるいは分留するときに分解してしまうかも知れません。
その場合には、分留以外の方法=例えば、メタノール溶液の中に、亜リン酸トリメチルだけを吸着する物質を投入し、吸着させた後、これを濾過して、取り出す。吸着している亜リン酸トリメチルを改めて分離する。と言う手法を見つけ出す必要があるかも知れません。

 

とてもじゃないけれど、手軽に「合成してみよう。」と言って出来るものではありません。

 

メタノールと三塩化リンが入手できたとして、
これらを、ビーカーか、フラスコに入れて、かき混ぜることは出来るでしょう。
しかし、そこまでです。

 

適切に化学反応を起こし、
合成できた目的物質を単離する。

 

結構面倒な作業です。

 

「化学反応式を紙の上に書くことが出来る。」+「材料を入手する」
と言うことと、
実際に、
「合成する。」
と言うことの間には、大きな隔たりがあります。

 

「材料は、簡単に入手できます。」
と言うだけで、
「簡単に合成できますよ。」
と報道されるサリンは、
実際にはそうは問屋が卸すまい。

 

と思う次第です。

 

ーーーーー

 

忘れてました。
上記以外に、二点
  1. 副生成物と、未反応材料もどのように分離するか考える必要があります。
    また、
  2. 目的の物質が合成出来たことを確認する分析装置も必要です。
どんな副生成物が出来るかを予測する化学の知識と経験が無いと出来ませんし、
分析装置はかなり高額です。
最初に書いた「分留」と言う作業をするのにだって、
少なくともエバポレーター(自動蒸留装置)は必要でしょう。
自動蒸留装置と言っても、かなり手動です。湯煎して沸騰する状態を観察しながら、弁を手動で操作します。
三十万円也。
これにアスピレーターを接続して使います。
*【N-0029-01】 循環アスピレーター WJ-15型

*【N-0029-01】 循環アスピレーター WJ-15型

 
六万円也。
分析装置はさすがにamazonでは売っていないようですので、解析方法の解説本をご紹介します。
有機化学のためのスペクトル解析法-UV、IR、NMR、MSの解説と演習

有機化学のためのスペクトル解析法-UV、IR、NMR、MSの解説と演習

 
安くても、数百万円という所でしょうか。着実に試料の分子を特定できるNMRは、超伝導磁石を液体ヘリウムで動かして、ランニングコストだけでも月50万円くらいでしょうか。
加えて、
  • どの反応の段階から、毒性が現れるのか。
  • 合成作業中にどのような防護策を講じる必要があるのか。
なども(これは実験して調べるワケにはいきませんが)あらかじめ考えて対策する必要があると思われます。
ちなみに、第一段階の反応について、僕は空気中の湿気がメタノールに溶けるのを極力避けるべきだろう。と予測しています。
でも、あるいは、そんな事は気にする必要が無いのかも知れません。
またあるいは、わずかでも水分を含むと反応が進まないかも知れません。
あるいは、酸素の存在もNGで、完全に不活性ガスを充満させた乾燥不活性ガス雰囲気中でロボットによる遠隔操作が必要かも知れません。

 

いずれにしろ、第一段階の反応だけでも、これだけ考えなければ成りません。
第二段階反応、第三段階反応、第四段階反応ではそれぞれ違った問題があり、異なる設備が必要になるのでしょう。(途中からは毒性の薬品を扱うワケですし。)

 

まず自宅で作るのは不可能だと思いました。