daniel-yangのブログ

メインブログ「受動態」(読書感想文ブログ)とは異なる内容を気まぐれで記します。

責任を追及すると、開発日程が遅れます。

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反省させると犯罪者になります(新潮新書)
 

本書の内容は後回しにして、SEの友人から聞いたお話を紹介します。

SEは、システム・エンジニアの略。
企業や団体向けの、コンピュータープログラミングの開発、販売会社の中で働くエンジニアです。
営業とプログラマーの中間で仕事をします。
彼女の会社では、SEは技術開発部の一部門です。
元々は、個別のプログラマーによるプログラミングソフトをまとめて、
ひとつのシステムを構築する役割を担う技術部門だったそうです。
プログラマが作った個別のソフトウェアーを、
営業部門がお客様と相談して、決めた仕様の通りに、
システムとしてくみ上げるエンジニアから成っていました。

 

仕事の内容が高度化するにつれて、お客様との仕様打ち合わせにも同席するようになり、時にはプレゼンもするようになったそうです。つまり、技術営業の仕事もSEに取り込まれるようになりました。
また、お客様に納入するシステムを構成する際に、個別の仕様のプログラムを開発する必要性が増し、SEが各プログラマーの開発スケジュールも管理するようになったそうです。
本来のシステム構築の仕事は、プログラミング部門に仕様と日程とコストを指示し、委託する業務に変わったそうです。

 

この変化は、業界でほぼ同時に進行したため、現在「SE」と言う職業は、この会社の実情と同様に、以下主に三つの業務を受け持つ仕事となりました。
a) 技術営業:お客様と仕様を詰める。
b) 仕様設計:社内に開発目標を示す。
c) 開発管理:個々のプログラマーの進捗を把握し、遅れている場合の対応策を立てたり、仕様変更があった場合の変更案を案内する。

 

彼女の会社のSE部門担当者は、エリア別、顧客別に業務担当を割り振られていました。
彼女は、東日本の、電機業界担当で、電機業界のシステム部門や総務部門の人たちを顧客としていました。
営業部門が「受注できそうだ。」とフラグを立てると、営業部員と一緒に顧客の会社に赴きます。
プレゼンし、受注が決まると、細かい仕様とスケジュールを打ち合わせで決めてくる仕事(a) 技術営業)や、
決まった仕様と日程通りに開発するスケジュール案を立案し、社内の企画会議を通し(b) 仕様設計)
企画会議を通した後は、スケジュール管理や仕様変更に対応する業務(c) 開発管理)をこなしていました。
仕事が多くなると、SEの人数が増えるのですが、その際は、担当顧客を細分し「最大手A社専任担当」「その他大手3社担当」「大手以外担当」など、手分けしていったそうです。

 

ある時、SE部門の部長が替わりました。
新しい部長曰く
「俺は、顧客担当が得意だ。」
「スケジュール管理や、仕様設計は、おまえら得意だろうから任せる。」
と宣言し、それまでお客様別だったSE担当の手分けを、業務別に分け直しました。

 

それまで部内は顧客エリア別に四つの課に分かれていました。
  • 東日本電機課
  • 西日本電機課
  • 精密機械課
  • 新規課
これを、職種別の三つの課に分け直しました。
  • 技術営業SE課
  • 仕様設計SE課
  • 開発管理SE課
彼女は、開発管理SE課員になりました。すなわち、プログラマの開発スケジュール管理専任となったそうです。
お客様と接する機会は無くなりました。
企画書を書くこともなくなりました。

 

同じ開発管理SE課に配属された同僚の中には、
「地味な仕事だな。」
と不満を漏らす者もあったそうです。
でも、彼女は顧客との打ち合わせが苦手だった事もあり、意欲満々打ち込んだそうです。

 

新しい課の業務に打ち込んだ彼女が得た奥義が
「責任を追及すると、日程が遅れます。」
だったそうです。

 

往々にして、開発日程は遅れるものですが、日程が遅れると、大概、
「仕様を変えたお客が悪い」
とか
「プログラミングにミスがあったのが原因だ。」
とか
責任の追及が始まるものです。
開発管理SE課の同僚は、先ず責任をはっきりさせ、
原因がお客様の仕様変更にあるならば、プログラミング部門が示す修正開発日程でお客様と調整する。
原因がプログラムのミスにあるならば、日程は変更せず、深夜残業や休日出勤で挽回する管理手法をとっていました。

 

ところが、彼女が担当した案件については、日程が遅れても、一切責任を追及しませんでした。
先ず、各プログラマーに、どの程度のがんばりでどの程度の日程で出来るかをインタビューし、負荷を見積もります。
次に、営業担当にどの程度の重要度かをインタビューし優先順位を勘案します。
これらを元に、彼女なりに、最も効率の良い、リーズナブルな「修正日程案」を作成しました。
営業課には
「お客さんとはこれで調整してきてよ。」
プログラム部門には
「これで、挽回してね。」
と調整役に徹したそうです。

 

日程遅れが発生するたびに、彼女の残業は、徐々にヘビーなものとなりました。
しかしながら、プログラマーはプログラミングに集中する時間が増えて効率が上がりました。
営業部員はお客様の立場に立って社内で戦う姿勢から、会社の利益が最大となるように、お客様と調整する専門的な技術を磨くようになりました。
全体として、開発期間が短くなり、会社の利益にも貢献できるようになったそうです。
つまり、彼女は開発管理をひとつの業務として、必要なスキルを把握し、それを確立したのでした。彼女の開発管理手法は、課の名前を略して「KKSメソッド」と名付けられました。

 

「KKSメソッド」を認めた技術部長は、他の開発管理SE課員にも同様の手法を用いるように指示し、彼女は開発管理SE課の係長に昇格し、彼女のメソッドを伝授するようになりました。
ただし、その奥義
「担当の責任を追及しない。」
は、
「部外には内緒。」
と決められたそうです。

 

部長が
「責任の追及をしない」
手法を部内の極秘事項にした理由は、
対外的には、日程が遅れた際に、
・ 原因の追求/報告
と、
・ 対策の立案/説明
が必須であり、部内では原因の追及や対策を二の次にしていても、それを口に出すことが憚られたからだそうです。

 

よって、彼女の会社は、
「担当の責任を追及しない」
奥義を以て、躍進しているのにもかかわらず、奥義は秘伝のまま社風として定着しているそうです。

 

 

ここで、ようやく、この日記の元の話しに戻るのですが、

「反省させると犯罪者になります」
と言うタイトルを見たときに、
「彼女の開発手法と似ているな。」
と思ったワケです。

 

実際に彼女の会社でも、彼女の奥義が浸透する以前は、開発日程が遅れると、先ず犯人捜しが始まり、犯人が断定されると、それがプログラマーの場合、「遅れた理由」「改善策」を提出する事を求められ、ホントに犯罪者のように扱われていたそうです。
犯人のプログラマーは、理由書と改善策を提出した後、改めて業務に戻ります。ですが、責められまくって、対策に疲れ果てたプログラマーは、意気消沈してしまい、とても使い物にならない状態になってしまう事が多く、日程を管理する彼女は困り果てていたそうです。
このような状況を打開すべく、先ずは、
「言い訳は、わたしがする。」
「あんた(プログラマ)は、気にせず、修正プログラムを開発しんしゃい。」
と、行き当たりばったりで始めたのが、後の奥義「KKSメソッド」になったそうです。
ちなみに、プログラマーの中には、お客様ウケの良い理由書や、改善策立案が得意な人もいて、それなりに業務をこなしていました。ですが、このような要領の良いプログラマーの仕事の質は往々にして二流のものなのだそうです。従来の技術を流用したものしか作らず、
「画期的なシステムが必要なのに」
ブレイクスルーが無くて、これは、これで困ったものだったそうです。
逆にプログラマーに話しを聴きに行ったときに、
「元々日程が無茶なんだよ。」
「このコストで、この性能が出せるわけ無いだろう。」
と逆ギレされて、説教を垂れ始めるようなプログラマーは、仕事に専念させると、すばらしいパフォーマンスを発揮するそうです。

 

僕は、この話しを聞いたときに
「責任の追及って無意味だなぁ。」
とつくづく思ったのですが、
この本を読んで、犯罪でも
「責任の追及(ていうか、上手な反省文を書かせること)は無意味なのだなぁ。」
と納得しました。

 

不具合があった際に、往々にして責任の所在をはっきりさせる事や、責任者の謝罪を求める事が多いですが、実際問題として、それらはあまり不具合の改善には役に立ちません。
感情を押し殺してでも、改善策や効率の向上を求めると、
「責任を追及しない」
「反省させない」
につながる共通点があるのだなぁと感慨深いです。

 

本書の中では、受刑者に頑張って本音を話してもらい、たとえそれが
「被害者のほうの落ち度」
を訴えるものであっても、言葉尽きるまで聞き役に徹し、受刑者が言いたいことを言い尽くした段階で、先ずは
「よく話してくれた。」
とねぎらい、そのように被害者に対する感情が生じた原因を一緒にさぐっていく手法を紹介しています。
いくら被害者の落ち度を訴えたところで、懲役を受ける事は受刑者も納得しています。ですので、話しを続けていると、徐々に懲役を受けるような犯罪を回避する手法が無かったかを考え出し、それが反省へと変わっていくそうです。(一部、僕の理解を混ぜています。)
そして、相手に対して負の感情を抱いても、犯罪を犯す事無く、やり過ごす事が出来る人=つまり、再犯をしない人になるそうです。(これも、僕の理解を含めて表現しています。)

 

著者の手法が広く刑務所で実践されるようになれば、犯罪は激減し、より安全で平和な社会になるのだろうな。と納得しました。

 

でも、この手法(先ずは、受刑者の本音を聞く手法)は、世間にすぐさま納得してもらえるとは思えません。
それは、先に紹介した、SEの彼女の会社が
「社内の責任を追及しない」
奥義を秘伝としたように、TVニュースになるような犯罪や不祥事を起こした企業の責任者への、マスコミの対応から想像出来ます。
(再犯を起こす原因になろうとも)上手な反省の弁を述べることを求め、
(口先だけだとわかっていても)謝罪し、頭を下げる事を望む
TVの視聴者が、
「そんな事を求めたら、犯罪は増えるよ。」
と知らないだろうと思うからです。

 

彼女の会社でも、他の部署の課長さんは(課長であるからには、マネージメントを職業としているはずなのに)
「ミスをしたなら、謝るのが人としての義務だろう。」
と(開発日程が遅れて、会社に損害を与えるとしても)平然と会議で発言するし、
「彼の失敗で日程が遅れました。」
と課長が部下の責任として日程遅れを報告するのを当然として聞き入れる役員も多いそうです。
実際に、開発日程が全体として短縮され、顧客満足も上昇し、利益に貢献しているSE部門の部長も
「部下に甘い。」
と評価があまり高くないそうです。

 

世の中には、
「謝らせたい。」
「反省させたい。」
との願望が根を深く下ろしているようです。
結果として犯罪も減らず、会社の利益も減る一方なのに。

 

ーーーーー

 

本書は、著者が臨床教育学博士で、大学の教授であることから、子供の教育についても、述べています。
ずいぶん昔から(「大草原の小さな家」(※))でも紹介されていたけれど)「子供を叱らずに育てると、立派な人間になる。」
と言われているのに、子供を叱る事をやめるのは難しいようです。
(※)シーズン7<
大草原の小さな家シーズン 7 バリューパック [DVD]
 
の第十四話「いたずら坊主」:子供を叱らない教育方針を採る家庭のいたずら坊主二人をローラが預かった三日間を描くエピソードです。
では、なぜ、子供を叱って、
「ごめんなさい。」
と言わせることが良くないのか。不良少年を作る原因となるのか。
どのように接すると、子供が自分で悪いことに気付き、のびのびと育つのかについても記されています。
ちなみに、僕が熟読している竹内久美子
遺伝子が解く! 男の指のひみつ「私が、答えます」1(文春文庫2004/ 7/10)
のあとがきで、
「子供を叱ることをやめられない親の感情」
の理由として(直接的な理由でなく、結果から考えて、その表現型としての効用)は、子離れに役立ち、次の子供を産む環境を整えるからではないか。と分析しています。つまり、子供を叱る効果は、子供が親を嫌い、離れていくように仕向ける、親の都合にあるのではないか。と考察しています。
もし、その通りならば、「謝らせたい。」「叱りたい」と言う親の感情は、生物学的には正しい(Biologically Correct)であり、抑えることは難しいのかもしれません。現代にそぐわない感情は、じつは進化の歴史の中では、役に立っていたのかも知れません。

 

と、生物学的考察にして、折角この長文を読んでくれた、皆様を煙に巻いて、本日の日記をおしまいにします。
と、言うのは、このような日記を書くと、
「おまえは、悪いことをしても謝るべきでは無いと言うのだな。人でなしめ。」
と罵る人が現れるのではないか、と警戒しております。
上に引用した竹内久美子の親が子を叱らずにいられない理由についても、続編「遺伝子が解く! 女の唇のひみつ」(文春文庫2005/ 9/10)
遺伝子が解く! 女の唇のひみつ

遺伝子が解く! 女の唇のひみつ

 
で、
「あなたは子育てをしたことがないからわからにのでしょうけど……」
と読者からおしかりを受けました。
と、いうような意味の事を記しているし。(ちなみに、この箇所は、議論が直接的な原因を探るものではなく、その最終的な効果から、どのような意味を持っているのかを考えているのだ。と説明しています。)

 

この本の趣旨を理解せずに、
「反省させるのが当たり前だろう!」
と言う人には、
「そう言うことは、自分の子供に向かって言って、犯罪者に育ててしまえ。」
と呪いを掛けたくなるのですが、
呪いを掛けることも、また、本書の趣旨に反するので、やめて置きたいと思いつつ。
遅くなりましたで、この日記をこれにてアップロードします。

 

それでは、お暑い中、皆様睡眠を充分にとって、お元気にお過ごし下さりませ。(^.^)/~~~