daniel-yangのブログ

メインブログ「受動態」(読書感想文ブログ)とは異なる内容を気まぐれで記します。

STAP論文騒動から僕が学ぶべきこと。

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このツィートを拝見して、ようやくSTAP細胞騒動への接し方についての自分の意見がまとまりましたので、ここで一つ私見を披露したいと思います。
と、言うのは、再びChikirinさんのリツィートで思い当たった次第なのですが。
いつもこんな感じで、独立したブログとして独り立ちしませんがm(v_v)m
と、言うことです。社会を引退して、一日中テレビに向かっていられる人が、文句や愚痴を独り言として言うのは、その人の勝手だと思います。でも、僕はまだ数十年社会人として現役で働かなければなりません。三者として吟味しているだけでは済まされないような気がしているのです。
 働いていれば、仕事の成果をアピールする必要があります。成果をアピールすれば、周囲に吟味されます。そんなときに気をつけるべき事など、学ぶべき点があるように思います。
世界でも権威のある科学誌に載るような論文を書く人の仕事と、自分の仕事を並べて考えるのは、おこがましくて少々腰が退けます。ですが、他に自分がこの騒動に接する適切な態度が思い浮かびません。少々お付き合い下さい。

 

四つの方面から考えてみようと思います。
1. 自分が素晴らしい成果を挙げたとき
2. 職場の誰かが素晴らしい成果を挙げたと聞いたとき
3. 組織として
4. 第三者として

 

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1. 自分が素晴らしい成果を挙げたとき
僕の職務(工場の製造技術員)だと、「この製造条件なら、今までの工程が半分になる!」なのですが、家庭内ならば、「月に3度はお買い物に行く、お店でこのクーポンを使うと、×千円安く上がる」などでも同じだと思うのですが、
自分が何か成果を挙げたときには、嬉しく、すぐさま評価すべき人に報告したくなります。
しかし、僕の経験では、嬉しくなるような成果が挙がったときには、いくつかのパターンがあります。
一つは、嬉しくなったとおりの素晴らしい成果である。
と言う場合です。
スーパーに行った時に、入り口のクーポン券発券機を操作して、あらかじめクーポン券をゲットしておき、レジでそのクーポン券を出して、支払額が少なくなった場合です。先にカートを押して買ったものをエコバックに詰めている連れに「×○円安く上がったよ。」と報告出来ます。

 

もう一つは、勘違いだった。
と言うことです。
クーポン券を発券して見たら、「午後八時以降の精算でお使い頂けます。」とか、「×○千円以上のお買い物の時にお使い頂けます。」と言うような条件が付いていて、普段のお買い物では使うシーンが無かった場合などです。

 

多くは、もう少し吟味が必要だった。
と言うことです。
クーポン券でのお買い物では、例えば、「月に一回だけ使えます。」と言うような条件だった場合です。
「うーん、今日はあまり沢山買い物しないから、別の日にした方が良いな。」
となる場合です。

 

今回のSTAP細胞騒動から学ぶ事には、成果を喧伝すると、吟味され、あら探しされるようです。

 

すると、直ぐに「そうだね。素晴らしい成果だね。」と言われない限り、非難を浴びることになりそうです。
教訓として、こんな時に採るべき行動は、次のような感じでしょうか。
1-1. 喜びの声を上げるのをちょっと待って、こっそり独りで確かめてみる。
 先ずは自分で吟味してみる必要があるように思います。
1-2. 慎重な性格の人に、内緒で相談して、話しを聞いてもらう。
 自分では見落とししている事もあるものです。
の選評で、
せっかく書いたのだから、応募する前に、友人、父母、兄姉、だれでもいいから、読んでもらえばと感じさせるものも多かった。ちょっとした欠点がなおせるではないか。
とアドバイスしています。
ただし、相談する相手が欠点を探すだけしかしない人であったり、気が付いたことを、こっそり自分に教えてくれないで、すぐさま周囲に喧伝して廻るような人では困ります。親切な人を周囲に見つけておきたいものですね。

 

2. 職場の誰かが素晴らしい成果を挙げたと聞いたとき
1. での考察から、親切に話しを聞き、気になることがあったら、こっそり指摘してあげて、周囲に漏れないように配慮したいと思いました。手柄は相談してきた相手のものですが、手柄を上げた人からの厚い信頼を得ることが出来るのではないかと思います。
また、非の打ち所がなく、成果も本物であると思ったら、「横取りするのか?」と疑われない程度に、自分が手助けできる事を探して、助力したいと思います。このときに「何かお手伝いできる事はありますか?」と聞いても大概は、的確な指示が出せないものですので、独自に(例えば応募用紙を取り寄せるとか)忙しい相手の手を煩わせることなく、手助けできる事をしてみたいものです。

 

3. 組織として
STAP細胞騒動については、僕はこの記事

「STAP細胞」騒動を企業経営の側面から批判する --- 窪田 博 : アゴラ - ライブドアブログ

におおよそ同意するものです。
職場で誰かが失敗したときに、内部の犯人を見つけて「この人の責任です。」と報告する人がいます。一応報告の形にはなっていますが、個人に責任を求めた報告を聴くと、外部の人は、その組織が同じような失敗を繰り返すことが心配になります。
良い組織と言うのは、たとえ担当者が居眠りをしていたことが原因であったとしても、個人に責任を求めず、組織としての至らなかったことを外部に説明し、繰り返し失敗しないような工夫をするものです。
これは、話しが長くなるので、(ここまでで充分長いような気もしますが(^_^;))省略します。

 

4. 第三者として
STAP細胞騒動について、直接利害関係にない人がいろいろな立場から発言されています。いくつか気になる点を挙げます。
一つは、学術研究の分野の人
論文の不備を糾弾されている人が多いようです。
おっしゃることはたぶんその通りなのだろうと思うのですが、学術研究の分野に無関係な僕が聴くと、人の揚げ足を取っているように感じられて嫌な感じがします。少し工夫をして、「俺も次の論文を書くときには、引用の仕方に注意しよう。」とか「見栄えが悪い分析写真でも、画像修正するときには注意しなくちゃ。」とか、自分も、また研究に励んでいる装で発言されると、「あぁ、この人も頑張っているんだな。」と好感が持てるように思います。
専門家は外部から眺めると「同じ穴のむじな」と思われがちである、と心に留めておきたいと思いました。

 

もう一つは、専門的な事はわからない人。
わからなければ黙っていれば良い。が僕の感想なのです。
(が、僕も反省せずにブログ記事にしているわけですが(^_^;))
理研の調査報告だけを信用したり、専門家の批判を鵜呑みにしたりして、非難したり、擁護したり、騒動を煽るだけの悪趣味に感じられます。
テレビでの報道をみると、ひな壇芸人が得意とする、リアクションを求めているようにも感じられます。
ひな壇芸人は、呼称の通りひな壇でのリアクションが仕事として対価を得られるほどの腕前を持ってテレビ番組に出演しているワケで、そうでない人は、たとえ大々的に報道発表をした人であっても、いろいろ苦手な事もあるものです。
指摘することは簡単です。例えば、人の目を見て話しをするのが苦手な人に対しては、それを不誠実な証拠として言いつのることが出来ます。服装がドレスコードに準じていないなら、それを指摘して不真面目な人となじることも出来ます。
専門家と言うのは、専門以外の分野については苦手な場合が多いので指摘出来ることはたくさんあります。
でも、そのようにして、専門外の事を指摘する人は、意地悪に感じられます。
僕は、人を呪えば穴二つ。と、問題と関係ない所には目をつぶるべし。と心得ます。

 

もう一つ。良く耳にするのが「公的機関なのだから不正はイケナイ。」と言うものです。でも、支出について指摘するならば、たまたま今話題になっているSTAP細胞騒動よりも、効果的な(民主党が政権を取ったときに実施した事業仕分けのような)桁違いのものを吟味するべきだと思います。つまり、公的な機関だから、不正はイケナイ。と雇用にまで口を差し挟むのは、他に指摘することが出来ない便乗非難のように感じられます。
やはり、僕は「人を呪えば穴二つ。」と呪文を唱えておくことにします。

 

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長くなりましたが、もうそろそろ夜が明けますので、このへんで記事をアップロードします。
今週も一週間お仕事に汗を流しましょう。