daniel-yangのブログ

メインブログ「受動態」(読書感想文ブログ)とは異なる内容を気まぐれで記します。

サタデー・ナイト・フィーバーを観た。

 「よく話題になっているけれど、実際に観たことない映画」
と、言うことで、今日観ました。
 
1977年制作。ジョン・バダム(John MacDonald Badham、米1939~)監督。ジョン・トラボルタ(John Travolta、米、1954~)主演。
 
ジョン・トラボルタ演ずる主人公のトニーは19歳。高校卒業後、DIY屋で働いている。
休日に遊び友達と「映画を見に行こう」などと休日の過ごし方を相談している際に「俺はディスコで踊るのが好き」と水を差すと「じゃぁ、行けよ。」と返される。
ところが、
「二週連続でディスコに行ったから、すっからかんだよ。」
と、しょぼいことを言う主人公。
現実味のある、薄給の若者が主人公の映画でした。
 
僕は映画も小説も「筋-第一」で観ます。
例えばこの映画は、ダンスが有名ですが、本日観賞している際に僕はスルーしました。観ているのですが、とりたてて「ダンスが素敵だ。」とか「あそこは、どーだ。」「こーだ」と気にしませんでした。
例えば、小説も「食べ物が旨く書けなければ、一流の作家とは言えない。」と言いますが、僕は「食事のシーンが秀逸」と言われる小説を読んでも「うむ。確かに食事のシーンが多いね。」程度にスルーしています。
と、言うわけで、この映画(サタデー・ナイト・フィーバー)を観ても、ストーリーを追って、ダンスはスルーしました。
 
で、どうだったのか、と言うと、
「まともで、いることの大切さ」
「向上心を持つことの必要性」
「欲望に支配されずに、理性を保つことがよりよい人生を送るコツ」
と言うようなことをメッセージとして受け取りました。
 
ちなみに、ヒロインの名が「ステファニー」ですが、往年のバンドブームでレベッカのコピーをしつこくやった者としては「ステファニー」と言えば、レベッカの曲
STEFANIE

STEFANIE

 
オリジナルは1984年発売の2ndアルバム「Nothing To Lose」
Nothing To Lose

Nothing To Lose

 
の5曲目。Nokko作詞、木暮武彦作曲。編曲レベッカ。土橋のシンセサイザーのリフレインで始まるFメジャーの曲。
AメロでNokkoが歌い出しても、コードを代えながらシンセサイザーのリフが続く、バロックっぽいアレンジが特徴。だから、このアルバムの中では後の(木暮武彦脱退後、土橋安騎夫中心の)レベッカっぽい。
ちなみにこのアルバムのリード曲「ヴァージニティー」もイントロがシンセサイザーのメロディーで始まる曲で、このアルバムで土橋安騎夫作曲はこの曲だけ。
 あっ、で「この曲のタイトル『Stefanie』を映画がヒロインの名に採用した。」と言うことなら面白いな。と思ったのですが、
映画は、1977年制作。レベッカのSTEFANIEは1984年発売。なので、逆はあっても、映画が採用と言うことは無いことがわかりました。もしかしたら、渡米中に(※)映画を観てたかも。
(※)Nokko徹子の部屋で「高校生の時、学校行く振りして「行ってきまーす」と家を出て、男の子と一緒にアメリカに行った」と話していた。おそらく、1979年ころだから映画上映してたかも。
この記事によると、一ヶ月ほどで日本に帰ってきたらしいが。
 
話を映画に戻すと「観て損はない」です。
マイケルジャクソンの「BAD」
モノを盗んだり、誰かを刺したりしなくても、俺はワルなんだからいいんだよ。
とか、Beat It
beat itは、たぶん和訳すると(喧嘩の相手にならずに)「出し抜いてしまえ」だと思う。
ギターをエドワード・ヴァン・ヘイレンが弾いて話題だった曲。
とか、と共通のメッセージがあるように思いました。
Beat Itは、1983年。BADは1987年発売。
 
大人の立場で考えると、若い人たち
「あのとき、自暴自棄にならず、まじめに勉強して良かった。」
と思える社会を作っているだろうか。と振り返って考えました。
大言壮語を吐いて、ハッタリを嚙ます人が人気を得て、のさばっている社会にあこがれを持つような人を増産する社会を作ってはいまいか。
と思いました。
ちなみに、僕は結局、大したことない大人になりましたが、それなりに楽しい一生を過ごしたつもりです(って、もう少し健康で長生きするつもりですが)