daniel-yangのブログ

メインブログ「受動態」(読書感想文ブログ)とは異なる内容を気まぐれで記します。

彼女は頭が悪いから/姫野カオルコ 著 を読みました。5

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photo : Daniel Yang「室戸岬から眺めた落日」
気になっていた東大でのブックトーク
その様子がandre1977さんのブログ
で窺い知ることができました。(鵜呑み)
 
なるほど、小説の専門家でもなく(文学者ではない)
犯罪心理の専門家でも無く(心理学者でもない)
肩書きは学術博士の門外漢が
「東大が非難されている」
と攻撃防衛反応を直情的に行動に移し、
折角のブックトークの場を破壊しに来た。と理解しました。
 
残念でしたね。
本来なら主催者が、邪魔を排除するべきだとは、思いますが、想定外のケースだと思いますので、対処できなかったのも致し方ないか、と思います。
 
以前、テレビで観た番組を思い出しました。低所得に悩んでいたある地方の農協が、万能ネギで成功した農家を招いて、講演を依頼したお話です。
ネギ農家の代表者は、講演を快く承諾してくれました。
ですが、いざ、行われた講演は、講演ではありませんでした。
「俺たちの真似すんな。」
「お前らなんかにブランドネギは作れねぇよ。」
と時間いっぱい文句を言っただけでした。
 
日本人の美点「先ず人を信頼するスタンス」は、
信頼に反する人とのファースト・コンタクトでは、うまく対処できません。
ちなみに「信頼が先行する日本人」なる単語は、インド人ビジネスマンが書いた日本体験記
喪失の国、日本―インド・エリートビジネスマンの「日本体験記」 (文春文庫)

喪失の国、日本―インド・エリートビジネスマンの「日本体験記」 (文春文庫)

 

を参考にしています。

会社でもそうですが、日本人が主たるメンバーの組織では、各人が目的に誠実に取り組むで在ろうことを前提に(見つからなければサボるであろう、とか、金の分だけしか働かないだろう、とかと考えずに)業務遂行の計画を立てることができます。

ただし、そこにつけ込んで「俺がやりました。」「私はできます。」と自分の成果を強調する嘘つきが入り込むと、なかなか排除できないのが、この組織の弱点です。

このブックトークは、想定外のデストロイヤーの混入にうまく対処できなかったわけです。

ただし、主催者の方も、今回の不手際を分析し、今後に生かすことで充分学びの場になったと思います。

また、小説の主題
「無責任に加害者を庇護する人が、二次被害を加える」
問題の典型例になった、と推察いたします。
参加者(特に学生の皆さん)は、直情的な人間が表面上インテリを装いながら、怒りをあらわにする実物を目の当たりにしたわけです。これは、貴重な社会勉強の機会になったでしょう。
社会的な地位を得ている人が、必ずしも模範的な態度を示さず、
逆に反社会的な振る舞いをすることがある、と学んだことでしょう。
普段の講義では、なかなか教わることができない、社会学の授業を受けたことになるわけです。(当該教授は社会学の先生のもようです。すごい社会学講義ですね。自爆しながら講義をしたわけですね。)
 
ところで、学術博士はリベラルアーツ系の学位です。
奇しくも僕は
「この小説の加害者の再犯防止には教養教育が有効か?」
と考えた際に、東工大リベラルアーツの取り組みを連想しました。
全ての社会学者が、先日のブック・トークを破壊しに来たような人ではないと思います。が、肩書きで人を選ぶのは危険。と学習しました。
 
と、言うわけで、僕が小説を読んで苦手だな。あまり、言及したくないな。と思った小説の主題「野次馬による二次被害」は、実物の典型例が現実に登場して、僕が言及するに及ばないと方をなで下ろし、
の続きを記します。
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photo : Daniel Yang「にこ淵:仁淀ブルーの滝壺」

本日書こうと思うのは、加害者のリアリティーです。

小説は、二次被害を与える野次馬に主眼が置かれているので、主犯は更生の兆しを見せず、おそらく再犯に至りそうです。そこで、僕が小説を補完し(なんとまぁ、欺瞞ですが)加害者が再犯を防ぐ手立てを考えようと思いました。

 他の方の感想文で(加害者の主犯が理系のひとなので)「文系と理系の対立を読んだ。」と記されているのが気になっていました。

僕は理系(合成有機化学ヘテロ環芳香族の合成が得意)ですが、この加害者のたぐいは僕の友達や同僚にはいません。

加害者のたぐいと言うのは、友情や、趣味の一致ではない、メンバーで互いに協力し合うことを貸し借りのバランスをとりながら、結束する排他的な友人関係を作る人です。

小説好きの人であれば(だいぶ古い小説ですが)

太陽の季節 (新潮文庫)

太陽の季節 (新潮文庫)

 

で主人公が述べる新しい友情関係のたぐいです。

戦争に行ったと威張っている上の世代が、損得勘定をしない、協力関係を友情と理解しているのを冷笑し、

「俺たちの友情は、必ず貸し借りが帳消しになる」

と自慢しながら説明している、そういう関係です。

 

で、ま、僕の友人にそういう人がいないので、いまいち理系の犯罪者としてのリアリティーがこの小説で感じられなかったのですが、

ふと、本日「あ、そういえば、僕の大学にもいた。こういう人」と思い浮かびました。

必ず決まった二人でつるんでいました。

自分たち以外の人は、

利用できる人か、

敵か、

女か

です。

体育の合宿(一週間で単位が取れる)で、山の中のスケート場に滞在していたとき、

父親の車で来ていた僕に声を掛けて、ナンパにかり出されたことがありました。

つまり、利用できる人として僕が選ばれたのでした。

その時の二人の関係が、たぶん、この犯罪者のグループのたぐいなのではないか、と思いました。

 

なんだか、長くなったし、明日から帰省せねばなりませんので、続きは、また今度にします。

だいぶ冷え込んできましたが、皆様、良いお年をお迎え下さい。(^.^)/~~~